裁判報道の見方 ~櫻井孝宏氏の不倫報道と不貞の故意

 なかなかに衝撃的な不倫のニュースを見ました。
 声優の櫻井孝宏氏が10年以上既婚者であることを隠して、自分の出演しているラジオの放送作家の女性と不倫関係にあった、というものです。
 声優は人気業のため櫻井氏は結婚していたことを非公開にしていたのが、先月頃に実は既婚者であったことがすっぱ抜かれたようです。
そして、そのニュースで櫻井氏が既婚者であることを放送作家の女性は知り、ショックで?救急搬送され、作家業も引退することになったようです。
 10年以上も既婚者であることを隠して不倫を続けていた(続けられた)というのは、数々の不倫事件を見てきた中でも極めて異例というほかありません。

 ところで、ネット上のコメントで、「放送作家の女性は、結婚適齢期の10年を騙されて不倫関係を続け、体調も壊して仕事もできなくなり、さらに声優の奥さんから不倫慰謝料請求もされて可哀そう」というのがありました。
 しかし、不貞慰謝料に関して、これはそうはならないと予想されます。

 不貞慰謝料が認められるためには、故意または過失の要件が必要です。
 この場合の故意とは「不貞相手が既婚者であることを知っていること」です。
 本件の場合、放送作家の女性は櫻井氏が既婚者であることを知らなかったということですから、不貞の故意があるとは認められません。
 また、過失についてですが、これは強いて言えば「不貞相手が既婚者であることを知るべきであるのに知らなかった」というようなことになります。
 しかし、一般的に男女交際するに際して相手が既婚者であるかどうかを調べる法的義務があるとは解されていません。そのため、不貞に関して過失はほとんど問題にならないことが多いです。

 そうすると、基本的には故意があるかどうかの事実認定の問題となります。
 この点、10年以上も交際しているのであれば既婚者かどうか気づく機会はあったのではないか、仕事の関係者であれば既婚者であるかどうか知っていたのではないか、といった事情からすると、不貞の故意があったと認定されやすくなります。実際、同じ職場内での不倫の場合には、相手が既婚者であることは当然に知っているとされることが多いと思います。
 他方で、報道によれば、櫻井氏が既婚者であるという報道を知って放送作家の女性は救急搬送されるほどショックを受けていたこと、業界内でも櫻井氏の既婚の事実を知る者はほとんどいなかったこと、櫻井氏自身も相手に既婚者であることを隠していたと認めていることなどからすると、本件では不貞の故意はなかったというのが自然だと思います。

 このように、不貞の故意が問題となる事例はたまにあります。
 そのため、不貞の証拠としてLINEやメールのやり取りがよく挙がりますが、その際には、①肉体関係を示す箇所だけでなく、②不貞の故意が分かる個所についても証拠保全することが必要です。
不貞の故意が分かる個所というのは具体的にいうと、家庭について話題にしていたり、配偶者について言及している箇所になります。よくあるのは、「妻(または夫)にばれないように~」とか、「早く離婚して一緒になりたい」とかいった内容です。
 当事務所でも、不貞慰謝料を請求されている側で不貞の故意を争い、尋問までした上で裁判所から不貞の故意は認められないという心証が開示され、低額の和解で解決したということがあります。

 なお、一昔前は、「不倫する前から婚姻関係は破綻していたと聞いていたから不貞の故意はない」というような反論がなされることがありました。
 しかし、不貞の故意は「相手が既婚者であることを知っているかどうか」であって、「婚姻関係が破綻していたと認識していたかどうか」ではありません。このような反論は、むしろ不貞の故意があったことを自認するようなものです。
 不倫する前から婚姻関係が破綻していたという反論は、違法性または損害論の問題です。したがって、主観的にそう認識していたという反論は意味がなく、客観的に婚姻関係が破綻していたことを示す必要があります。


この記事の執筆者

東京・大阪の二大都市で勤務弁護士の経験を積んだ後、
2008年から実務修習地の札幌で葛葉法律事務所を開設。
相続、離婚、交通事故、会社間の訴訟の取扱いが多め。
弁護士歴約20年。

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