【札幌版】相続人に認知症の方がいると遺産分割協議は無効?成年後見制度と相続登記義務化を弁護士が解説


「父が亡くなり相続が発生したが、相続人の一人である母が認知症だ」

「母は意思表示が難しいため、代わりに自分が署名して協議を進めてもいいだろうか?」

「このままでは、実家の不動産の名義変更も、預金の解約もできない…」

相続人の中に認知症などにより判断能力が低下している方がいる場合、相続手続きは通常通りに進めることができなくなります。

もし、この問題を軽視して無理に手続きを進めると、後ですべてが無効になるという深刻なリスクを負うことになります。

この記事では、札幌市にお住まいの皆様へ、認知症の相続人がいる場合の正しい遺産分割協議の進め方と、そのために不可欠な「成年後見制度」の申立て手続き、そして今手続きを急ぐべき理由について、弁護士が分かりやすく解説します。

目次

なぜ?認知症の相続人がいると遺産分割協議が「無効」になる理由

まず、なぜ認知症の相続人がいると遺産分割協議が進められないのか、その法的な理由を正確に理解することが重要です。

遺産分割協議には「意思能力」が必須

遺産分割協議は、相続人全員で「誰がどの財産をどれだけ相続するか」を話し合い、合意する法律行為(契約)です。

法律行為が有効に成立するためには、参加者全員に「意思能力」が備わっていることが大前提となります。
「意思能力」というのは、自分の行う行為の結果を判断・理解できる精神的な能力のことです。一般的に、小学校低学年程度の判断能力が目安とされます。

認知症が進行し、この意思能力を欠いている(ご自身が行う契約内容の意味や、その結果を理解できない)と判断される状態の方が遺産分割協議に参加しても、その合意は法的に 無効 となってしまいます。

この原則は長年の判例で確立されていましたが、2020年の民法改正で民法第3条の2として明文化され、より明確な法的根拠となりました。

無理に進めた協議が無効になる深刻なリスク

「少し物忘れがある程度だから大丈夫だろう」

「他の家族のためにも、手続きを早く進めたい」

このように安易に判断し、認知症の方を含めて遺産分割協議書を作成してしまうと、以下のような深刻なリスクが生じます。

  • 金融機関での手続きができない銀行などの金融機関は、預金の解約・払い戻し手続きの際、相続人の意思能力について厳しく確認します。これは、無効な法律行為に基づいて手続きを進めた場合、金融機関自身が法的責任を問われる可能性があるためです。窓口での受け答えや、書類への署名の様子から意思能力に疑問があると判断されれば、手続きを拒否されます。
  • 不動産の名義変更(相続登記)ができない法務局での相続登記の際も、司法書士が本人確認(意思確認)を行います。意思能力が確認できなければ、遺産分割協議書は無効なものとして扱われ、登記申請は受理されません。
  • 後から他の相続人や親族に無効を主張される万が一、手続きが通ってしまったとしても、後から他の親族などが「あの時の遺産分割協議は、本人の意思能力がない状態で行われたため無効だ」と裁判所に訴えを起こす可能性があります。訴えが認められれば、成立したはずの遺産分割はすべて白紙に戻り、一からやり直すことになります。

最も確実な解決策「成年後見制度」とは?

意思能力が不十分な相続人がいる場合、その方を法的に保護し、代理する人を選任する必要があります。そのための制度が「成年後見制度」です。

成年後見人とは?ご本人の代理人として協議に参加

成年後見制度とは、認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が不十分な方を保護・支援するための制度です。

家庭裁判所に申立てを行い、ご本人のために「成年後見人《せいねんこうけんにん》」を選任してもらいます。

成年後見人の役割:

  • ご本人の財産を管理する(預金通帳の管理、費用の支払いなど)。
  • ご本人に代わって契約などの法律行為を行う。

遺産分割協議においては、ご本人(被後見人)の法定代理人として、協議に参加し、協議書に署名・押印します。

成年後見人が参加した遺産分割協議は、法的に有効なものとして扱われ、不動産登記や預金解約などの手続きを適法に進めることができます。

誰が成年後見人になるのか(親族?専門家?)

申立ての際に、ご家族(子や配偶者など)を後見人の候補者として推薦することは可能です。

しかし、最終的に誰を選任するかは、家庭裁判所が決定します。

財産額が多い場合や、親族間で意見が対立している場合などは、公平・中立な立場の専門家(弁護士、司法書士など)が選任されるケースが多くなっています。

【重要】「一時的ではない」ことの重み:成年後見制度の注意点(デメリット)

「遺産分割協議が終わったら終了する」という一時的な制度ではない、という点は非常に重要です。この制度の永続性が、具体的にどのような負担や不利益に繋がるのかを正しく理解せずに申立てを行うと、後で「こんなはずではなかった」と後悔することになりかねません。

  • 原則として生涯続く「不可逆性」
    一度選任されると、原則としてご本人が亡くなるまで、または判断能力が奇跡的に回復するまで、後見人としての職務(財産管理、裁判所への報告など)が継続します。途中でやめることはできません。
  • 継続的な費用負担
    弁護士などの専門職が後見人に選任された場合、ご本人が亡くなるまで、その財産から月々の報酬を支払い続ける必要があります。裁判所の基準によれば、基本報酬は管理財産額に応じて月額2万円から6万円程度とされています。
  • 柔軟な財産管理の制限
    後見人の第一の職務は「本人の財産を保全すること」です。そのため、財産を積極的に増やすための資産運用(株式投資など)や、将来の相続税対策を目的とした生前贈与などは原則として認められません。
  • 煩雑な報告義務と家族の意思決定権の制限
    後見人(親族が就任した場合も含む)は、家庭裁判所に対して定期的に財産状況を報告する義務を負い、これは相当な事務的負担となります。また、重要な財産処分には家庭裁判所の監督が及ぶため、家族の意思だけで財産を動かすことはできなくなります。

【札幌家庭裁判所】成年後見制度の申立て手続き【実務対応版】

成年後見制度の申立ては、ご本人の住所地を管轄する家庭裁判所に行います。ご本人が札幌市にお住まいであれば、札幌家庭裁判所 本庁(札幌市中央区大通西11丁目)が管轄となります。

札幌家庭裁判所の実務に即した手続きの流れは以下の通りです。

  1. 準備段階: 必要書類の収集と診断書の取得
  2. 申立の予約: 裁判所への電話予約(書類がすべて揃ってから予約します)
  3. 申立てと面接: 裁判所への書類提出と調査官による面接(ビデオを見せられます)
  4. 裁判所の審理: 親族への照会や鑑定などの調査
  5. 審判と後見開始: 後見開始の審判と後見人の選任

申立てから選任までの期間は、全国的には3〜6ヶ月と言われますが、札幌の実務では標準的な事案であれば約2〜3ヶ月程度で審判に至るケースも多いです。

実用的な必要書類・費用チェックリスト

書類名取得・作成場所費用の目安実務上の注意点
申立書裁判所ウェブサイト¥0後見・保佐・補助の類型に応じた書式を選択。
申立事情説明書裁判所ウェブサイト¥0ご本人の状況や申立てに至る経緯を詳細に記載。
本人の戸籍謄本市区町村役場¥450発行後3ヶ月以内のもの。
本人の住民票市区町村役場¥300発行後3ヶ月以内のもの。
診断書(成年後見用)担当医師¥5,000 – ¥10,000裁判所指定の書式を使用。
診断書附票担当医師通常は診断書費用に含む札幌家裁の必須書類。診断書と同時に依頼 。
登記されていないことの証明書法務局¥300東京法務局に郵送請求も可能。
財産目録・収支予定表申立人が作成¥0通帳コピー、不動産評価証明書等の裏付資料を添付。
収入印紙郵便局、法務局等¥3,400申立手数料¥800 + 登記手数料¥2,600 。
郵便切手郵便局約¥3,000 – ¥4,000裁判所からの連絡用。札幌家裁の指定額を確認。
鑑定費用裁判所に予納¥50,000 – ¥100,000鑑定が必要な場合のみ。医師により変動 。

遺産分割協議における成年後見人の注意点【利益相反】

無事に成年後見人が選任されても、もう一つ注意すべき点があります。それは「利益相反」の問題です。

後見人も相続人だった場合の「利益相反」

例えば、相続人が「認知症の母」と「長男」の2人で、その長男が母の成年後見人に選任されたケースを考えてみましょう。

長男は「相続人」として、自分の取り分を多くしたいと考えます。しかし、長男は「母の後見人」として、母の利益(法定相続分)を守らなければならない立場でもあります。

このように、一人の人間が、互いに利益が相反する二つの立場に立ってしまうことを「利益相反」といいます。この法的要請の根拠は、民法第860条が親権者と子の利益相反について定めた同法第826条を後見人に準用していることにあります。

解決策:「特別代理人」の選任

このような利益相反を避けるため、法律は「特別代理人」を選任することを定めています。

親族である後見人は遺産分割協議に参加せず、家庭裁判所に対し、「遺産分割協議のためだけの、母の臨時的な代理人(特別代理人)」を選任するよう申立てを行います。裁判所は、弁護士などの専門家を特別代理人に選任し、その特別代理人がご本人の代理として遺産分割協議を行います。

なぜ今、手続きを急ぐ必要があるのか?2024年から始まった相続登記の義務化

本稿で解説した問題への対応を、今すぐ始めるべき理由があります。それが、2024年4月1日から全面的に施行された相続登記の義務化です。

この新しい法律は、相続人が不動産の取得を知った日から3年以内に相続登記を申請することを義務付け、正当な理由なくこれを怠った場合には10万円以下の過料が科される可能性があると定めています。

相続人の中に意思能力を欠く方がいる状況は、遺産分割協議を停滞させ、結果として相続登記の申請を遅らせる最大の要因の一つです。つまり、成年後見制度の利用は、単なる将来のトラブル回避策から、「法律を遵守し、過料を回避するために必要な手続き」へと、その重要性を大きく増したのです。

成年後見制度の利用を弁護士に依頼する4つのメリット

相続と成年後見が絡む手続きは、法律の専門家でも特に慎重に進める必要がある、複雑な分野です。

  1. 申立手続きの迅速化: 非常に煩雑な申立書類の収集・作成をすべて代行し、裁判所とのやり取りもスムーズに行うことで、選任までの時間を短縮できます。
  2. 適切な後見人候補者の選定: ご家族の状況を伺い、親族を候補者にすべきか、専門家がなるべきか、最適な形をアドバイスします。
  3. 利益相反への的確な対応: 特別代理人の選任が必要なケースかどうかを正確に判断し、必要な申立てを漏れなく行います。
  4. 相続問題のワンストップ解決: 成年後見人の選任だけでなく、その後の遺産分割協議の交渉、遺産分割協議書の作成、不動産登記(提携司法書士)まで、相続問題全体をワンストップでサポートします。

まとめと次のステップ

相続人の中に認知症の方がいる場合、「意思能力」の問題から、そのまま遺産分割協議を進めることはできません。

最も確実な解決策は、家庭裁判所に「成年後見人」を選任してもらうことですが、この制度には長期的な負担も伴い、手続きは専門的で時間もかかります。

さらに、2024年からの相続登記義務化により、手続きの遅延は金銭的なペナルティに直結するリスクも生じています。

法的に無効な手続きを進めてしまい、後で深刻なトラブルに発展することを避けるためにも、相続が発生し、相続人の中に判断能力の不安な方がいると分かった時点で、できるだけ早く弁護士にご相談ください。

もし少しでもご不安な点があれば、お一人で悩まずに、法律の専門家である弁護士にご相談ください。

葛葉法律事務所では、初回相談を無料で承っております。

あなたのお悩みに寄り添い、最適な解決策をご提案いたします。

まずはお気軽にお問い合わせください。


監修:葛葉法律事務所

この記事の執筆者

東京・大阪の二大都市で勤務弁護士の経験を積んだ後、
2008年から実務修習地の札幌で葛葉法律事務所を開設。
相続、離婚、交通事故、会社間の訴訟の取扱いが多め。
弁護士歴約20年。

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