使途不明金(預金の使い込み)がある場合のポイント
高齢化社会に伴い、介護を必要とする方が増えています。
そして、相続人のうちの誰かが被相続人の生前に介護などの世話をしていると、被相続人から通帳等を預けられて、財産を管理するよう頼まれることがあります。
ところが、被相続人が亡くなられた後で、介護をしていた相続人が財産を管理するようになってから、被相続人の預貯金が不自然に減ったなどと問題視されるケースがあります。
他方で、介護をしていた相続人からすると、他の相続人は被相続人の生前は碌に面倒も見なかったくせに相続になってから権利ばかり主張しているように見えるかもしれません。
ここでは、預貯金の使い込みによる使途不明金の問題についてご説明します。
使途不明金とは
被相続人の生前または死後に、被相続人の口座から勝手に預貯金を引き出したという場合、引き出された預貯金が被相続人のために支出されているのであれば問題ありません。
しかし、引き出した人が自分の生活費等に使い込んでいるというようなケースがあります。
その場合、素直に使い込みましたと認めることは稀で、被相続人の生活費等に充当したが、具体的に何にいくら支出したのかは覚えていないなど弁解されることが多いです。
このように、被相続人の預貯金が引き出されているが、何に使われたのか分からないとされることから、「使途不明金」の問題と呼ばれています。
使途不明金額の算定方法
使途不明金が疑われる場合には、最初に使途不明金があるのかどうか、あるとしたらいくらぐらいになるのかを調べる必要があります。
通帳があれば簡単に分かるのですが、使途不明金が問題となる時点で通帳は見せてもらえないケースがほとんどです。
そのため、まずは金融機関から被相続人の口座の入出金履歴を取り寄せます。
取り寄せた入出金履歴の内容を見て、不自然に高額な出金がないかを確認します。
基本的には、①数十万円~百万円単位で預金が引き出されていないか、②短期間に集中して預金が引き出されていないか、などといった点を精査します。
また、高額な出金があっても別の口座あるいは定期預金等に移し替えただけの場合もありますので、口座が複数ある場合には各口座の全体像を把握する必要があります。
不自然に高額な出金が確認できれば、その合計額が使途不明金となります。
このとき、被相続人の生活状況に応じて、ある程度の生活費等がかかることを勘案する必要があります。
もし被相続人が施設に入所していた場合、施設費が口座引落で支払われていれば入出金履歴でそのことが分かります。他方、窓口納付や振込で支払っていたのであれば、引き出された預金から施設費を支払っていたと解されるので、その分は使途不明金から控除することになります。
以上を簡単な算定式にすると次のようになります。
不自然に高額な出金の合計額-被相続人の生活費等に支出した金額=使途不明金
なお、「被相続人の生活費等に支出した金額」については、最低限の推測で算定するか、あるいは使途不明金を引き出した相続人から資料等で明らかにされない限りは勘案しないという場合もあります。
調停か訴訟か
ある程度の使途不明金があることが確認できた場合、その返金をどのように請求するかが問題になります。
もちろん、協議の中で使途不明金も清算した上で遺産分割ができれば良いのですが、使途不明金があるケースでは通常はそのように円滑に解決できることはほとんどありません。
実際には、家庭裁判所での遺産分割調停か、地方裁判所で訴訟をするかの二択になります。
調停をする場合は、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てて、遺産分割の中で使途不明金額を確定し、その清算を求めることになります。
ただし、調停はあくまで当事者間で合意ができなければ成立しません。そのため、調停をしても、使途不明金の清算について合意ができなければ、調停はまとまりません。
そのため、使途不明金額を請求されている側が強く争っている場合は、そもそも使途不明金額を確定することすら難しく、合意ができないというケースがあります。
そのような場合、いったん調停を取り下げて、訴訟で使途不明金の問題を解決してから、改めて調停をするように裁判所からいわれることが多いです。
訴訟をする場合は、地方裁判所に訴訟を提起します。
訴訟では、合意ができれば和解で解決することになりますが、仮に合意ができなかったとしても、最終的には裁判所が判決で使途不明金額を確定します。
そのため、使途不明金の問題が強く争いになると予想されるケースでは、先に訴訟を提起して使途不明金額を確定してから、調停をして使途不明金の清算も含めて合意するようにした方が、結果的には早く解決できることが多いです。
なお、死後に引き出された預貯金については、引き出した相続人以外の相続人が合意すれば遺産の中に含めて解決することができます(民法906条の2)。
この場合には比較的円滑に遺産分割調停の中で解決できるでしょう。
不当利得返還請求か損害賠償請求か
訴訟で使途不明金の請求をする場合に、どのような法的構成で請求するかの問題です。
法的構成としては、不当利得返還請求とするか、損害賠償請求とするかのいずれかとなります。
不当利得返還請求とは、法律上の原因なくして利得を得ている者がいて、他方でそれにより損害を被っている者がいる場合、後者から前者に対して利得の返還を請求することができるというものです。
損害賠償請求とは、故意または過失によって他人の権利を侵害した場合、それによって発生した損害を賠償しなければならないというものです。
使途不明金の場合、被相続人の生前に預貯金を引き出されているので、損害は生前の被相続人に発生しています。
そして、被相続人に発生した不当利得返還請求権または損害賠償請求権を、他の相続人は相続によって取得したということになります。
そのため、相続人は、使途不明金の全額ではなく、使途不明金のうち各自の相続分に相当する金額を請求することになります。
不当利得返還請求権または損害賠償請求権の場合でも、請求された側が被相続人のために支出したことを明らかにできれば、それは自分で利得を得ていない又は被相続人に損害が発生していないとして、その限りで請求は認められません。
例えば、被相続人の介護施設の入所費用等に支出したとして領収証が提出されれば、その分は使途不明金から控除することになります。
他方、請求された側が被相続人のために支出したことを明らかにできなければ、基本的には利得を得ている又は損害が発生したとして請求が認められるのが、今の裁判実務の運用だと思われます。
そのため訴訟では、請求された側が、どれだけ被相続人のために支出したことの裏付け資料(領収証など)を提出できるかが主になります。
このように、不当利得返還請求と損害賠償請求とで訴訟の進行にあまり差異はありませんが、大きく異なる点が2つあります。
1つ目は消滅時効の期間です。
不当利得返還請求権の時効は、権利を行使することができる時から10年、権利を行使することができることを知った時から5年の、いずれか早い方です。
損害賠償請求権の時効は、損害及び加害者を知った時から3年、損害及び加害者を知らなくても不法行為のあった時から20年です。
どちらかで時効にかかる場合は、請求できる法的構成は時効にかからない方で行うこととなります。逆にいえば、請求の仕方によっては消滅時効という反論がなされる可能性があります。
2つ目は特別な損害項目の有無です。
弁護士に依頼して損害賠償請求をする場合は、請求が認められた場合にその認められた金額の1割相当額を「弁護士費用相当額」として請求できます。
これは実際にかかった弁護士費用と同額ではありません。不法行為に基づく損害賠償請求の場合に特別に認められている損害項目です。
不当利得返還請求では、このような特別な項目は認められていません。
したがって、不当利得返還請求よりも損害賠償請求をした方が、1割多く請求できるということになります。
まとめ
使途不明金の問題があり得るという場合は、速やかに入出金履歴を取り寄せましょう。
入出金履歴を見てみないと使途不明金があるかどうか分かりませんし、分からないまま遺産分割をしてしまうと後になって紛争となることもあります。
入出金履歴を取り寄せたら、その内容を精査して使途不明金の金額を算定します。
そこまでできれば、後は調停をするか訴訟をするかを検討する段階になります。
このような流れになるので、使途不明金の問題がある場合には速やかに専門家に相談することをお勧めします。
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