相続人の中に「行方不明者」がいる…遺産分割を進めるための不在者財産管理人とは?

「相続手続きを進めたいのに、相続人の一人と何年も連絡が取れない…」

「叔父がどこに住んでいるか、生きているかさえ誰も知らない」

「行方不明の兄を抜きにして、他の兄弟だけで遺産分割をしてもいいのだろうか?」

相続人の中に、長期間にわたって音信不通の「行方不明者」がいる。これは、遺産分割を進める上で、非常に大きな障害となります。

なぜなら、遺産分割協議は、相続人“全員”の参加と合意がなければ、法的に成立しないからです。

しかし、諦める必要はありません。このような八方塞がりの状況を打開するために、法律は「不在者財産管理人」という制度を設けています。

この記事では、相続人に行方不明者がいてお困りの札幌市民の皆様へ、遺産分割を前に進めるための「不在者財産管理人」制度について、その役割から具体的な手続きまで、弁護士が分かりやすく解説します。

目次

なぜ行方不明者がいると遺産分割が全く進まないのか?

遺産分割協議は、相続財産を誰がどのように受け継ぐかを決める、相続手続きの核心部分です。

そして、この協議が法的に有効となるための絶対的なルールが「相続人全員の合意」です。

  • 一人でも欠ければ無効:
    たとえ他の相続人全員が合意したとしても、行方不明者一人を除外して作成した遺産分割協議書は無効です。
  • 手続きがストップする:
    無効な協議書では、不動産の名義変更(相続登記)も、預貯金の解約・払い戻しも、法務局や銀行が受け付けないため、一切行うことができません。

つまり、行方不明者がいる限り、相続手続きは完全に凍結されてしまうのです。

解決策は家庭裁判所での「不在者財産管理人」の選任

この膠着状態を解決するのが「不在者財産管理人」制度(民法第25条)です。

不在者財産管理人とは?

不在者財産管理人とは、従来の住所・居所を去り、容易に戻る見込みのない者(不在者)の財産を管理するために、家庭裁判所によって選任される代理人のことです。

  • 役割: 不在者に代わって、その人の財産を管理・保存し、そして家庭裁判所の許可を得て、遺産分割協議などの法律行為を行います。
  • 誰がなる?: 申立時に候補者を立てることもできますが、最終的には裁判所が、事案に最も適任だと判断する人物(多くの場合、地域の弁護士)を選任します。

この管理人が、行方不明の相続人に代わって遺産分割協議に参加し、協議書に署名・押印することで、法的に有効な遺産分割を成立させることができるのです。

【注意点】管理人はあくまで「中立な立場」

注意点として、不在者財産管理人は、申立てを行った他の相続人の代理人ではなく、あくまで行方不明となっている不在者の利益を守るために行動する「中立な立場」の専門家です。そのため、遺産分割協議においても、不在者の権利が不当に害されることのないよう、客観的な視点で職務を行います。

【札幌版】不在者財産管理人 選任申立ての流れと費用

不在者財産管理人の選任は、家庭裁判所に申し立てる必要があります。

申立ての基本情報

項目内容
申立先不在者(行方不明者)の従来の住所地を管轄する家庭裁判所。(例:行方不明の兄の最後の住民票が札幌市中央区にあれば、札幌家庭裁判所に申し立てます)
申立人利害関係人(他の相続人、債権者など)
必要な書類(主なもの)・申立書
・不在者の戸籍謄本、戸籍附票
・不在の事実を証明する資料(捜索願の受理証明、親族からの陳述書など)
・財産に関する資料(不動産登記事項証明書、預金通帳のコピーなど)
・遺産分割協議書案(遺産分割が目的の場合、札幌家裁では提出を求められます)

札幌家庭裁判所における申立費用(目安)

項目内容
収入印紙800円
連絡用の郵便切手1,950円(札幌家裁本庁の場合)
予納金原則30万円~50万円
これは管理人の報酬や経費の担保として裁判所に納める預託金であり、不在者の財産からこれらの費用が支払えるようになった場合や、事案終了後に残額が生じた場合には返還されることがあります。
その他実費不在者の戸籍謄本、戸籍附票、財産に関する資料(不動産登記事項証明書等)の取得費用。

申立てから選任までの流れ

  1. 申立て: 必要書類を揃え、管轄の家庭裁判所に申立てを行います。
  2. 審理・調査: 裁判所が、申立人や親族から事情を聞いたり、必要な調査を行ったりします。
  3. 選任審判: 裁判所が管理人を選任するのが相当と判断すると、「審判」によって不在者財産管理人が選任されます。

管理人選任後、遺産分割協議を進めるための重要ステップ

管理人が選任されれば、すぐに遺産分割協議ができるわけではありません。もう一つ、非常に重要な手続きが必要です。

【最重要】権限外行為許可の申立て

不在者財産管理人の基本的な職務は、あくまで不在者の財産を「保存」することです(民法第103条)。

遺産分割協議のように、不在者の財産内容を大きく変動させる可能性のある行為は、管理人の権限を超えています。

そのため、管理人が遺産分割協議に参加するためには、別途、家庭裁判所に対して「権限外行為許可」を申し立て、許可を得る必要があります(民法第28条)。

管理人は「不在者の利益」を最優先する

家庭裁判所から選任された管理人は、あくまで不在者の代理人です。

そのため、遺産分割協議においては、不在者の法定相続分をきちんと確保する内容でなければ、基本的に合意しませんし、裁判所も許可しません 。

「行方不明だから、彼の取り分はゼロでいい」といった、他の相続人に一方的に有利な内容の協議は認められませんので、注意が必要です。

【実務上のポイント】「帰来時弁済型」の遺産分割

不動産のように物理的に分割が難しい財産がある場合、実務では「帰来時弁済型(きらいじべんさいがた)」という方法がよく用いられます。

これは、特定の相続人が不動産などを単独で取得する代わりに、「将来、不在者が戻ってきた際には、その法定相続分に相当する金銭(代償金)を支払う」と約束する内容の遺産分割協議です。

この方法は、不在者の権利を金銭的に担保しつつ、他の相続人が現実的に財産を活用できるため、家庭裁判所の許可を得やすい実務的な解決策です。

なお、遺産分割協議が終了しても、不在者が帰来するか失踪宣告がなされるまで、管理人は不在者のために取得した財産(預金や代償金請求権など)を管理し続ける義務を負います。

もう一つの選択肢「失踪宣告」との違い

行方不明者がいる場合のもう一つの解決策として、「失踪宣告(しっそうせんこく)」という制度があります。これは、不在者を法律上「死亡した」とみなす手続きです。

項目不在者財産管理人失踪宣告
目的不在者の財産を管理・保存する不在者を法律上死亡したとみなす
法的効果不在者は生存している前提で、代理人が財産を管理する法律上死亡したとみなされ、不在者自身の相続が開始される
不在者の負債への影響不在者の負債を他の相続人が承継することはない不在者の負債も相続の対象となり、相続人が返済義務を負うリスクがある
主な要件不在であり、財産管理人が必要であること(民法第25条)生死不明の状態が7年間継続していること(普通失踪、民法第30条)
手続期間(目安)比較的迅速(数か月程度)官報公告などが必要で、時間がかかる(半年~1年以上)

どちらを選ぶべきか?

  • 不在者財産管理人: 生きている可能性が高いが連絡が取れない場合や、遺産分割を比較的早く進めたい場合に適しています。特に、不在者に借金があるか不明な場合は、負債を承継するリスクがないため安全な選択肢です。
  • 失踪宣告: 7年以上まったく音沙汰がなく、死亡している可能性が極めて高い場合に選択されます。ただし、不在者に多額の借金があった場合、それを相続人が引き継いでしまうという重大なリスクを伴います。

どちらの制度が適しているかは、事案によって異なります。専門家である弁護士と相談の上、慎重に判断すべきです。

なぜ、この手続きは弁護士に依頼すべきなのか

不在者財産管理人の選任申立ては、ご自身で行うことも不可能ではありません。しかし、その手続きは複雑で、専門的な判断が求められる場面が数多くあります。

  • 裁判所を説得する専門的な主張の展開: 家庭裁判所の許可を得るため、「帰来時弁済型」のような不在者の権利を保護しつつ現実的な解決を図る遺産分割協議案を具体的に設計し、法的に説得力のある主張を行うことができます。
  • 潜在的リスクの的確な診断: 失踪宣告を選択した場合に想定される「不在者の負債」など、ご家族が気づいていない潜在的なリスクを事前に調査・分析し、どちらの手続きがご家族にとって最善かを的確に判断します。
  • 管理人との円滑な協議・交渉: 不在者財産管理人には多くの場合、他の弁護士が選任されます。専門家同士で、法的な論点や実務上の慣行を踏まえた円滑な協議・交渉を進め、迅速な遺産分割の実現を目指します。

これらの煩雑な手続きをすべて弁護士に任せることで、あなたの時間的・精神的負担を大幅に軽減し、確実かつ迅速に遺産分割を進めることが可能になります。

まとめ:行方不明者がいても、必ず道はある

相続人の中に行方不明者がいると、遺産分割は完全に止まってしまいます。

しかし、不在者財産管理人制度を利用すれば、法的な手続きに沿って、必ず解決への道筋をつけることができます。

「どうすればいいか分からない」と一人で悩み、貴重な時間を無駄にしてしまう前に、まずは相続問題の専門家である弁護士にご相談ください。あなたの状況を整理し、最も適切な解決策をご提案します。

この記事で解説した内容は、あくまで一般的なケースです。

個別の状況によっては、より複雑な手続きや判断が必要になることも少なくありません。

もし少しでもご不安な点があれば、お一人で悩まずに、法律の専門家である弁護士にご相談ください。

葛葉法律事務所では、初回相談を無料で承っております。

あなたのお悩みに寄り添い、最適な解決策をご提案いたします。

まずはお気軽にお問い合わせください。

監修:葛葉法律事務所

この記事の執筆者

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本記事は、葛葉法律事務所の監修記事です。
一般的な情報提供を目的とするものであり、法的助言を構成するものではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。
掲載されている内容は一般的な解説であり、特定の事件に関する葛葉法律事務所の見解を示すものではありません。

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