葬儀費用は誰が負担?相続財産からの控除と実務を札幌の弁護士が解説
ご家族が亡くなられた直後は、深い悲しみの中で、通夜や告別式の準備に追われることになります。
その中で、多くの喪主やご遺族の方が直面するのが「葬儀費用は、一体誰が負担すべきなのか?」という切実な問題です。
- 「喪主である自分がすべて支払うべきなのだろうか?」
- 「他の兄弟にも負担してもらいたいが、どう切り出せばいいか分からない」
- 「立て替えた費用は、故人の預金(遺産)から返してもらえるのだろうか?」
この記事では、このような葬儀費用にまつわる疑問や不安を解消するため、法律上の考え方から、実務上の最適な対応、そして相続税との関係まで、札幌の相続問題に詳しい弁護士が分かりやすく解説します。
結論:葬儀費用を誰が負担するかに、法律上の明確なルールはない
意外に思われるかもしれませんが、「葬儀費用は〇〇が負担しなければならない」と明確に定めた法律は、実は存在しません。
そのため、誰が支払うかについては、過去の判例や地域の慣習、そして相続人間の話し合いによって決まるのが実情です。
一般的には、以下の3つのケースに大別されます。
葬儀費用の負担者を決める3つのパターン
| パターン | メリット | デメリット |
| ① 喪主が負担する | ・誰が支払うかで揉めることが少ない ・手続きがスピーディーに進む | ・喪主の経済的負担が非常に大きい ・他の相続人との間で不公平感が生じやすい |
| ② 相続人が共同で負担する | ・一人あたりの負担を軽減できる ・公平な解決になりやすい | ・誰がいくら負担するかで揉める可能性がある ・相続人でない喪主の場合、話が複雑になる |
| ③ 相続財産から支払う | ・特定の人の負担がなくなる ・相続人全員が納得しやすい | ・相続財産(特に預金)が凍結されていると、すぐには支払えない ・相続放棄を検討している場合、注意が必要 |
この中で、相続人間の公平を期し、トラブルを避けるために最も望ましいと考えられるのが「③相続財産から支払う」という方法です。
ただし、近時の裁判例では、葬儀の規模や内容を決定する責任と権限を持つ喪主が、最終的な費用負担者となると判断されるケースも増えています(これを「喪主負担説」といいます)。そのため、「③相続財産から支払う」という方法は、あくまで相続人全員の合意がある場合に最も円滑に進められるベストプラクティスであり、合意がない場合に法的に当然認められるものではない、と理解することが重要です。特に喪主を務める方は、葬儀の内容を決める前に他の相続人と費用負担について協議しておくことが、後のトラブルを避ける上で極めて有効です。
実務上のベストプラクティス:相続財産から支払う方法
故人が遺した財産(相続財産)から葬儀費用を支払うことは、故人の最後の費用を故人の財産で賄うという観点からも、相続人全員で公平に負担するという観点からも、最も合理的で納得感を得やすい方法です。
相続財産から支払う際の2つの注意点
1. 金融機関の口座凍結と「預貯金の仮払い制度」
ご家族が亡くなったことを金融機関が知ると、その方の預金口座は不正な引き出しを防ぐために「凍結」されます。
従来は、相続人全員の同意書と戸籍謄本などを揃えなければ、預金を引き出して葬儀費用に充てることはできませんでした。
2019年7月1日に創設された「預貯金の仮払い制度」を利用すれば、他の相続人の同意がなくても、各相続人が単独で預金を引き出すことが可能です。
ただし、引き出せる金額には上限があり、以下の2つの計算式で算出された金額のうち、いずれか低い方となります。
- (相続開始時の預貯金残高) × 1/3 × (払戻しを求める相続人の法定相続分)
- 150万円(同一金融機関からの払戻し上限額)
この二重の制約があるため、「150万円までならいつでも引き出せる」と誤解しないよう注意が必要です。
2. 相続放棄を検討している場合
もし、故人に借金が多く、相続放棄を考えている場合は、安易に相続財産から葬儀費用を支払ってはいけません。
相続財産に手をつけると、「相続を承認した(単純承認)」とみなされ、相続放棄ができなくなるリスクがあります。
ただし、過去の裁判例(例:大阪高裁平成14年7月3日決定)では、葬儀が人生最後の社会的儀礼として必要性が高いことなどを理由に、被相続人の財産から社会通念上相当な範囲の葬儀費用を支出する行為は、相続財産を処分したことには当たらず(単純承認とはならず)、相続放棄は可能と判断されています。
もっとも、「相当な範囲」が具体的にいくらを指すのかは、故人の社会的地位や遺産の状況など個別の事情によって異なり、その判断は極めて困難です。必ず事前に弁護士にご相談ください。
喪主が立て替えた費用を後から精算する具体的な手順
実際には、葬儀社への支払いは葬儀後すぐに行う必要があるため、一旦は喪主が自己資金で立て替えるケースがほとんどです。
その費用を後から相続財産で精算する手順は以下の通りです。
- 領収書をすべて保管する:葬儀本体の費用だけでなく、飲食代、お布施、火葬料など、支払った費用の領収書やメモを必ず保管します。
- 遺産分割協議で合意を得る:相続人全員が集まる遺産分割協議の場で、「立て替えた葬儀費用〇〇円を、被相続人の預金から返還してもらう」という点について、全員の合意を得ます。
- 遺産分割協議書に明記する:合意した内容を、法的な効力を持つ「遺産分割協議書」に「被相続人の葬儀費用〇〇円は、相続財産の中から支払い、喪主〇〇に返還する」といった形で明確に記載します 3。
- 精算を実行する:遺産分割協議書に基づき、金融機関で預金の解約手続きを行い、立て替えた金額を受け取ります。
相続税の申告で葬儀費用は「控除」できる
相続税を計算する際、支払った葬儀費用は、課税対象となる遺産の総額から差し引くことができます。これは「債務控除」と同様の扱いです 23。これにより、相続税の課税対象となる金額が減り、結果的に節税に繋がります。
ただし、葬儀に関連する費用がすべて控除の対象になるわけではありません。
債務控除の対象となる葬儀費用(一覧表)
| 項目 | 具体例 |
| 葬儀・火葬・納骨にかかる費用 | ・通夜、告別式の費用(会場費、祭壇、棺など) ・火葬、埋葬、納骨にかかった費用 ・遺体の搬送費用 |
| お寺などへの支払い | ・お布施、読経料、戒名料など |
| その他 | ・葬儀に際しての飲食代(通夜振る舞いなど)・お手伝いいただいた方への心付け・会葬御礼費用(参列者全員に渡す謝礼品代) |
控除の対象とならない費用(一覧表)
| 項目 | 具体例 | 理由 |
| 香典返し | ・香典返しにかかった費用 | 香典自体が非課税(喪主への贈与)であるため、その返礼費用も控除対象外とされています。 |
| 墓地や仏壇の購入費用 | ・墓石や墓地の購入・借入費用 ・仏壇、仏具の購入費用 | これらは遺された家族の祭祀財産とされ、相続財産とは区別されるため。 |
| 法会に関する費用 | ・初七日、四十九日などの法要費用 | 葬儀そのものではなく、葬儀後の供養に関する費用とみなされるため。※ただし、葬儀と同時に行う「繰り上げ初七日法要」の費用など、葬儀費用と明確に区分できないものは控除が認められる場合があります。 |
香典(お香典)の取り扱いは?
いただいた香典は、相続財産には含まれず、遺産分割の対象にもなりません。これは過去の裁判例(例:広島高裁平成3年9月30日決定)において、香典は亡くなった方の財産ではなく、「葬儀費用への充当を主たる目的として、葬儀を主宰した喪主個人への贈与」であると判断されているためです。
実務上は、まず香典を葬儀費用に充当し、不足分を相続財産から支払う、という形で処理することが多いです。
葬儀費用の負担で揉めてしまった場合の対処法
「他の相続人が、相続財産からの支払いを認めてくれない」
「負担割合で意見が対立し、話し合いが進まない」
このような場合は、当事者同士で解決しようとすると、感情的な対立が深まるだけです。
話し合いがまとまらなければ家庭裁判所の調停へ
葬儀費用の負担について当事者間で合意できない場合、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立て、その中で話し合うのが一般的です。
ただし、法的に厳密には、葬儀費用は遺産そのものではないため、最終的に裁判所の判断を求める場合は別途「民事訴訟」を提起する必要があります。しかし、実務上は、相続人全員の同意があれば、遺産分割調停の中で、遺産から葬儀費用を差し引く形で総合的に解決することが多く行われています。まずは調停の場で冷静な話し合いによる解決を目指すのが現実的です。
まとめと次のステップ
葬儀費用の負担には法律上の明確なルールがないからこそ、相続人間の冷静な話し合いと合意が何よりも重要になります。
実務上は、故人の財産から支払うのが最も公平でトラブルになりにくい方法です。喪主が立て替えた場合は、必ず領収書を保管し、遺産分割協議で正式に精算の合意を取り付けましょう。
葬儀費用の負担は、しばしば相続トラブルの最初の火種となります。
もし、相続人間での話し合いが難航している、あるいはそうなりそうな気配がある場合は、問題がこじれる前に、できるだけ早く専門家である弁護士にご相談ください。
この記事で解説した内容は、あくまで一般的なケースです。
個別の状況によっては、より複雑な手続きや判断が必要になることも少なくありません。
もし少しでもご不安な点があれば、お一人で悩まずに、法律の専門家である弁護士にご相談ください。
葛葉法律事務所では、初回相談を無料で承っております。
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監修:葛葉法律事務所
