「事件」という呼び方

 同じ言葉でも、法律業務で用いる場合と日常で用いる場合とで、全く意味が異なるというものがあります。
 例えば、「善意」と「悪意」という言葉。日常用語としては、きっと皆さんがお考えのとおりの意味で使われていると思いますが、裁判などで使用する場合には、「善意」は「知らない状態」、「悪意」は「知っている状態」という意味で使います。したがって、「善意の第三者」という場合、日常用語では「人柄の良い人」というような意味になるでしょうけれども、裁判用語としては「(その事情を)知らない人」という意味になります。

 ところで、先日、遺産分割調停で札幌家庭裁判所の待合室で待機していたとき、同じ待合室に待機していた別の弁護士とその依頼者の会話が耳に入ってきました。そのとき、弁護士が「この事件は~」という言い方をして、少しぎょっとしてしまいました。
 法律業務では、「事件」という呼び方をよくします。ほとんどの弁護士が、依頼を受けると「~事件」という呼び方を付けて分類しています。弁護士だけがそうしているというのではなく、裁判所でもそのような呼び方を付けています。
 しかもこれは、刑事だけでなく、民事や家事でも同じです。「事件」というと、一般的には刑事事件のことだと思われるでしょうけれども(「殺人事件」、「横領事件」など)、法律業務では民事や家事でも「~事件」という呼び方をします(「売買代金請求事件」、「離婚事件」など)。

 なぜこのように「~事件」という呼び方をするのかというのは、私自身あまり詳しくないのですが、一説によると「訴訟事件」の略であると考えられているようです。そうすると、もともとは裁判所で「~事件」という分類をしていて、それが一般化して、裁判にならない示談交渉などであっても「~事件」という呼び方をするようになった、というようなことなのでしょう。
 ただ、自分が依頼したことを「~事件」と言われると、聞きなれないため大仰に感じる方もいらっしゃると思って、私はお客様に話すときは基本的に「~事件」という呼び方は避けるようにしています。

この記事の執筆者

東京・大阪の二大都市で勤務弁護士の経験を積んだ後、
2008年から実務修習地の札幌で葛葉法律事務所を開設。
相続、離婚、交通事故、会社間の訴訟の取扱いが多め。
弁護士歴約20年。

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