【弁護士の思考プロセス】なぜこの案件は「交渉」を選び、「調停」にしなかったのか?解決実績から学ぶ戦略的判断

相続トラブルの相談にいらっしゃる方の多くは、「話し合いができないから、もう裁判所(調停)に行くしかないのでしょうか?」と悲痛な面持ちで尋ねられます。

しかし、私たち弁護士は、相談を受けてすぐに「はい、調停をしましょう」とは言いません。

まずは依頼者様のお話と資料を徹底的に分析し、「交渉(代理人による話し合い)」で解決すべきか、「調停(裁判所の手続き)」に持ち込むべきかを、慎重に判断します。

なぜなら、手続きの選択を誤ると、解決までの時間が半年、1年と余計にかかったり、親族間の溝が決定的に深まったりするリスクがあるからです。

さらに、2024年の法改正により、相続トラブルを放置することは、以前にも増して大きなリスクを伴うようになりました。相続登記の義務化により、遺産分割を先延ばしにすることは、当事者全員にとって行政罰や経済的損失を招く危険な選択となっています。

今回は、実際の解決事例(プライバシー保護のため事案を改変したモデルケース)をもとに、弁護士がどのような思考プロセスを経て「交渉」という手段を選び、早期解決に導いたのか、その舞台裏を解説します。

目次

【事例紹介】札幌市在住・50代男性の「兄弟間トラブル」

まずは、今回のモデルケースの概要をご紹介します。

項目内容
依頼者弟(50代・会社員)
相手方兄(60代・定年退職後)
遺産札幌市内の実家(土地建物・評価額2,000万円)、預貯金(1,000万円)
状況・兄は実家で父と同居していた
・父の死後、兄は「長男が家を継ぐのは当然。預金もお前の世話にはなっていないから渡さない」と主張
・弟(依頼者)が電話をしても怒鳴られるだけで、話し合いにならない
依頼者の希望法定相続分(1/2)に近い財産をもらえればそれでいい。これ以上、兄と揉めるのは精神的に辛いので、早く終わらせたい

一見すると、兄が頑固で話し合いに応じないため、「調停」を申し立てるのが適切なように見えます。

しかし、私はこの案件で「調停ではなく、まずは弁護士による交渉」を選択しました。その理由は以下の3つの思考プロセスに基づきます。

思考プロセス①:相手の性格と「法的強制力」の効果予測

まず着目したのは、相手方(兄)の性格と社会的属性、そして2024年の法改正が与える影響です。

分析のポイント

  • 兄は定年まで大手企業に勤め上げており、社会的な常識や体裁を気にするタイプである
  • 怒鳴っている内容は「長男が継ぐべき」という古い価値観に基づくものであり、支離滅裂な言動(認知症の疑いなど)ではない
  • これまで法律トラブルの経験はなく、コンプライアンス意識は高いと推測される

弁護士の判断

「このタイプには、法的リスクを理詰めで説くことが最も効果的」

弟(肉親)相手だから感情的に「長男が!」と怒鳴っていますが、弁護士という法律の専門家が出てきて、冷静に法的リスクを伝えれば、態度を軟化させる可能性が高いと読みました。

特に重要なのは、2024年4月から施行された相続登記義務化です。改正不動産登記法により、相続人は相続を知った日から3年以内に相続登記を申請する義務があり、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料が科される可能性があります。

兄が話し合いを拒否し、登記を放置すれば、行政罰の対象となるリスクがあります。また、兄が単独で法定相続分(1/2)の登記を入れることは可能ですが、それは自らの「全部欲しい」という主張と矛盾し、弟の持分権を公式に認める行為となります。

さらに、遺産分割協議が成立しなければ、兄は実家をリフォームするためのローンを組むことも、将来的に売却することもできません。

このような客観的な法的リスクを書面で明確に伝えることで、「家の中の喧嘩」から「社会的な法律問題」へと認識を改めてもらうことが戦略の核心でした。

調停の場合、裁判所に呼び出されることで「訴えられた!」と逆上し、態度を硬化させるリスクがあります。一方、弁護士からの通知であれば、「大事になる前に話し合いで収めたい」という心理が働く余地があります。

思考プロセス②:争点は「事実」か「感情」か?

次に、揉めている原因がどこにあるかを分析しました。

争点の種類今回のケース判断
事実の争い「遺言書は偽造だ」「生前に2,000万円もらったはずだ」といった事実関係の争いがあるか?なし。遺産の内容自体には争いがない
評価の争い「不動産の価値はもっと高いはずだ」という評価額の争いがあるか?軽微。路線価や固定資産税評価額ベースでの合意が見込める
感情・主張の争い「長男が全部もらうべき」という独自の主張のみあり。これが最大のネック

弁護士の判断

「事実関係がクリアなら、交渉の方が迅速に解決できる可能性が高い」

もし、「使い込みがある」「遺言書が無効だ」といった事実関係や証拠の争いがある場合は、証拠調べの機能を持つ「調停」や「訴訟」が向いています。

しかし、今回は「遺産の内容は明確」で、単に「兄が納得していないだけ」でした。

法的根拠のない主張(長男単独相続)を崩すだけなら、調停委員を介して何ヶ月もかけるより、弁護士が判例や法的根拠を示して説得する方が、効率的である場合が多いのです。

また、交渉であれば、相手の言い分を十分に聞き、「お兄様の貢献には敬意を表します。その上で、法的に解決するには互いに譲歩する必要があります」と、相手の顔を立てながら実利を取る提案が可能です。調停では公平性を重視するため、このような柔軟な対応が難しい場合があります。

思考プロセス③:解決までの「時間」と「資産凍結リスク」の天秤

最後に、依頼者様の「早く終わらせたい」というニーズと、手続きにかかる時間、そして放置することによる経済的損失を比較しました。

「交渉」と「調停」の比較

項目交渉(弁護士代理)遺産分割調停
開始までの期間受任後、即日~数日で通知発送申立てから第1回期日まで約1~2ヶ月
ペース電話や書面で随時やり取り可能原則1~2ヶ月に1回(1回につき2~3時間程度)
解決までの目安3ヶ月~6ヶ月程度6ヶ月~1年以上
柔軟性支払方法や分割条件など自由に設計可能法的公平性が優先され、変則的な合意は難しい場合がある
相手の心理「話し合い」の延長と感じやすい「裁判沙汰」と感じ、警戒しやすい

弁護士の判断

「調停は期日設定の制約が大きく、資産も凍結され続ける」

札幌家庭裁判所は案件数が多く、調停の期日は1ヶ月から場合によっては2ヶ月に1回程度しか入らないこともあります。

内容がシンプルな案件で、わざわざそれだけの時間をかけるのは依頼者様の利益にならない場合があります。

さらに重要なのは、遺産分割が未了の間、不動産は事実上「塩漬け」状態になるという点です。金融機関のコンプライアンス強化により、遺産分割協議書が完成していない不動産や預金口座に対する扱いは極めて厳格です。

兄にとっても、遺産分割が終わらなければ、自宅のリフォームも売却もできず、不安定な法的地位に置かれ続けます。固定資産税の負担も続きます。

私たちは兄に対し、「調停で長期間争って弁護士費用と時間を浪費するより、今ここで合意して、正式な所有権を確定させる方が、経済的にも合理的ですよ」と説得しました。これは単なる交渉術ではなく、客観的な事実に基づくアドバイスです。

「まずは交渉を行い、1ヶ月以内に進展がなければ調停に切り替える」という期限付きの戦略を立て、まずはスピード重視の「交渉」を選択しました。

【結果】

弁護士名で内容証明郵便を送ったところ、兄からすぐに連絡がありました。

最初は不満そうでしたが、相続登記義務化による法的リスクや、このまま調停や裁判になれば時間と費用がかさむこと、さらに兄自身の不動産活用の自由が制限され続けることを、相手の利益も考慮した上で説明したところ、わずか1ヶ月半で、法定相続分に近い形での遺産分割協議が成立しました。

逆に「調停」を選ぶべきケースとは?

もちろん、最初から「調停」を選ぶべきケースもあります。

当事務所では、以下のような状況を確認した場合は、調停をお勧めすることが多くなります。

1. 相手が完全に無視を決め込んでいる

弁護士が書面を送っても一切反応がない場合、裁判所という公的機関の手続きに乗せる必要があります。

2. 当事者間の対立が激しく、暴力や暴言のリスクがある

身の危険がある場合、裁判所という公的な場所(警備員もいる)を利用すべきです。

3. 争点が複雑で、事実認定や証拠調べが必要

「認知症の親に無理やり遺言を書かせた」「使途不明金が数千万円ある」など、証拠に基づいて判断する必要がある場合は、調停や訴訟が適しています。

4. 相手が論理的な説得に応じない

感情的になりすぎて話し合いにならない、あるいは明らかに無理な要求を繰り返す相手には、裁判所の権威(調停委員や裁判官)による説得が必要になることがあります。

5. 10年ルールの期限が迫っている場合

2023年4月施行の改正民法により、相続開始から10年を経過した後の遺産分割では、原則として特別受益や寄与分の主張ができなくなりました。期限が迫っている場合は、調停を申し立てることで権利保全を図る必要があります。

まとめ:事案に即した適切なルートを選ぶことが、早期解決への鍵

「遺産分割」というゴールは同じでも、そこに至るルート(交渉か、調停か)の選び方一つで、解決までの時間やストレスは大きく変わります。

弁護士は、単に法律を知っているだけではありません。

「相手はどう出てくるか?」「どのような法的手段が有効か?」を予測し、あなたにとって最も負担の少ない解決ルートを設計する専門家でもあります。

特に2024年以降の法改正により、相続トラブルを放置することのリスクは劇的に増大しました。相続登記義務化や10年ルールなど、新しい法的枠組みを理解し、それを交渉や調停の場で効果的に活用することが、より重要になっています。

「揉めているから調停しかない」と考える前に、まずは一度、専門家の判断を聞きに来てください。

意外なほどスムーズな解決策が見つかる可能性があります。

この記事で解説した内容は、あくまでモデルケースです。

個別の状況によっては、より複雑な手続きや判断が必要になることも少なくありません。

もし少しでもご不安な点があれば、お一人で悩まずに、法律の専門家である弁護士にご相談ください。

葛葉法律事務所では、初回相談を無料で承っております。

あなたのお悩みに寄り添い、最適な解決策をご提案いたします。

まずはお気軽にお問い合わせください。

監修:葛葉法律事務所

この記事の執筆者

東京・大阪の二大都市で勤務弁護士の経験を積んだ後、2008年から実務修習地の札幌で葛葉法律事務所を開設。相続、離婚、交通事故、会社間の訴訟の取扱いが多め。弁護士歴約20年。
【メディア掲載歴】
・「法律事務所ガイドブック2013 頼れる身近な弁護士」(游学社)
・「財界さっぽろ」2021年12月号・特集記事【成功する経営者は士業を使う】
・「anan」2038号・特集記事【仕事も私生活も、身近な「困った」に頼れる!法律のエキスパート】

目次