遺産分割調停で「使途不明金」は解決できる?改正民法で変わった戦略と「訴訟先行」が必要なケースを弁護士が解説

「相手が通帳を隠している」(使途不明金)

「母の名義になっているが、原資は全て父が出していたはずだ」(遺産の範囲)

もし、あなたがこのような問題を抱えたまま遺産分割調停を申し立てようとしているなら、少しだけ立ち止まって戦略を整理する必要があります。

かつての実務では、こうした争いは調停(話し合い)で解決することが難しく、「時間の無駄」と言われることもありました。しかし、2019年の民法改正により、状況は大きく変わっています。現在は、調停の中で解決できるケースと、やはり裁判(訴訟)を先行させるべきケースが混在しており、その見極めこそが重要です。

この記事では、数多くの相続紛争を解決に導いてきた弁護士が、最新の法律に基づいた「正しい手続きの選択」について具体的に解説します。

目次

なぜ「遺産分割調停は時間の無駄」と言われてきたのか

調停が「無駄」と感じられるケースには、明確なパターンがあります。

  • 議論の対象がズレている:調停の守備範囲外のこと(過去の事実確認など)を延々と議論している。
  • 強制力がない:相手が「知らない」「違う」と言い張れば、調停委員にはそれを調査・強制して「真実」を認定する権限がない。
  • ただの時間の浪費:1ヶ月に1回の期日を半年続けても、前提となる事実が決まらないため、遺産分割の議論に入れない。

特に「使途不明金(使い込み)」と「遺産の範囲」の問題は、上記の典型例でした。しかし、この常識は法改正によってアップデートされています。

【ケース1】「使途不明金」がある場合(引き出しのタイミングで戦略が変わる)

「親の預金が勝手に引き出されている」という問題を解決したい場合、以前であれば一律に遺産分割調停は不向きとされていました。しかし現在は、預金が引き出されたのが「生前」か「死後」かによって、とるべき戦略が大きく異なります。

1. 「死後(相続開始後)」に引き出された場合:改正民法で調停解決が可能に

2019年の民法改正(民法第906条の2)により、状況は一変しました。

この条文により、相手(使い込んだ相続人)が否定していても、他の相続人全員が合意すれば、その死後に使い込まれた金額を「遺産」とみなして、遺産分割手続きの中で精算(持ち戻し)することが可能になりました。

つまり、わざわざ別の訴訟を起こさなくても、家庭裁判所の遺産分割手続きの中でワンストップの解決ができる可能性が高まったのです。

2. 「生前」に引き出された場合:依然として「訴訟先行」が鉄則

一方で、親が生きている間(生前)に無断で引き出されたお金については、上記の改正民法は適用されません。

相手が「頼まれて引き出した」「被相続人の生活費に費消した」などと主張して使い込みを否定した場合、これを遺産分割調停のテーブルに乗せるためには、当事者全員の合意が必要です。使い込んだ本人が合意して返還を認めるケースは稀であるため、調停委員からは「事実関係に争いがあるため、別途、民事訴訟で決着をつけてください」と言われてしまいます。

したがって、生前の使途不明金で揉めている場合は、漫然と調停を行うのは「時間の無駄」になりやすく、地方裁判所で「不当利得返還請求訴訟」を先行させるのが実務上の鉄則となります。

(補足)死後の引き出しでも訴訟を先行すべきケース

死後の引き出しであっても、以下のような場合は調停ではなく訴訟(不当利得返還請求訴訟)を検討します。

  • 残った遺産が少ない場合:使い込み額を精算しようとしても、相手が受け取る遺産(シェア)が少なく、そこから差し引くことができない場合。
  • 時効が迫っている場合:不当利得返還請求権には10年の時効があります。調停で時間を費やしている間に時効が完成するリスクがある場合は、直ちに提訴すべきです。
  • 法的論点が複雑な場合:相手方の反論が強力で、厳密な証拠調べが必要な場合。

【ケース2】「遺産の範囲」で揉めている場合

「ある財産が、そもそも遺産に含まれるかどうか」で争いがある場合(遺産の範囲の争い)、これは依然として注意が必要です。

よくあるトラブル例

  • 名義預金:「長男名義の口座だが、実質的には亡くなった父の財産だ(遺産に含まれる)」という主張。
  • 隠れた遺産:「父には他にも預金があるはずだ」という主張。

調停のリスクと「遺産確認の訴え」

家庭裁判所の調停・審判には、所有権の存否を最終的に確定させる権限(既判力)がありません。

相手が強硬に「これは私のものだ」と主張している場合、調停でいくら話し合っても解決しない可能性があります。このような「深刻な対立」がある場合は、地方裁判所に「遺産確認の訴え」を提起し、判決で白黒をつけるのが確実なルートとなります。

ただし、証拠(資金の流れなど)が明確であれば、調停の場でも相手が納得して合意に至るケースは多々あります。「即訴訟」と決めつけず、証拠の状況を見極めることが大切です。

あなたのケースはどっち?最適な解決ルートの選び方

「とりあえず調停」でも「いきなり訴訟」でもなく、事案に応じた使い分けが必要です。

手続き選択の目安表

以下の表を参考に、ご自身の状況に近いものを確認してください。

ケース推奨される手続き理由
死後の使い込み(証拠あり・遺産十分)調停・審判(民法906条の2活用)一回の手続きで解決でき、費用と時間を節約できる。
生前の使い込み(相手が否定) または 遺産が不十分民事訴訟(不当利得返還請求)調停では前提事実が確定できない、または回収不能になるリスクがあるため、判決を取り執行力を得る。
「これは誰の財産か」で激しく対立している民事訴訟(遺産確認の訴え)家裁には所有権を確定する権限がないため、地裁で確定させる必要がある。

リスク管理と弁護士の必要性

「調停」か「訴訟」かの選択を誤ると、解決まで数年単位の遠回りをすることになります。また、どちらの手続きを選ぶにしても、勝敗を分けるのは「証拠」です。

必要な準備

「言った言わない」は通用しません。以下のような客観的証拠の収集が不可欠です。

  • 資金移動の記録:過去10年分の通帳履歴、取引明細。
  • 原資の証明:「誰のお金でその財産が形成されたか」を示す給与明細や確定申告書。
  • 管理状況の証拠:通帳や印鑑を誰が管理していたかを示す日記やメモ。

弁護士によるサポート

特に「遺産確認の訴え」や「不当利得返還請求訴訟」は、高度な法的知識を要します。また、ご自身では入手困難な証拠も、弁護士会照会(23条照会)などを通じて調査できる場合があります。

法改正により選択肢が増えた現代だからこそ、最初の入り口で戦略を間違えないために専門家の判断が必要です。

まとめと次のステップ

「遺産の範囲」や「使途不明金」の問題は、以前のように「調停は無駄」と切り捨てられるものではありませんが、「とりあえず調停」で解決するほど甘いものでもありません。

貴重な時間を無駄にしないために、以下のポイントを意識してください。

  • 原則:預金が引き出されたのが「死後」であれば、法改正(民法906条の2)により調停内での解決が可能なケースが増えた。
  • 見極め:引き出しが「生前」の場合や、相手が強硬に否定している場合は、依然として訴訟先行が鉄則となる。
  • 準備:どちらの手続きでも、徹底的な資料収集(証拠化)が命綱となる。

ご自身のケースで、いきなり訴訟をすべきか、調停で解決を図るべきか、迷われている方は、まず法律の専門家である弁護士にご相談ください。

葛葉法律事務所では、相続に関する初回相談を無料で承っております。

特に「遺産の範囲確認」や「使途不明金の追及」といった複雑な案件について、最新の法令と判例に基づいた解決ロードマップをご提示いたします。

この記事の執筆者

東京・大阪の二大都市で勤務弁護士の経験を積んだ後、2008年から実務修習地の札幌で葛葉法律事務所を開設。相続、離婚、交通事故、会社間の訴訟の取扱いが多め。弁護士歴約20年。
【メディア掲載歴】
・「法律事務所ガイドブック2013 頼れる身近な弁護士」(游学社)
・「財界さっぽろ」2021年12月号・特集記事【成功する経営者は士業を使う】
・「anan」2038号・特集記事【仕事も私生活も、身近な「困った」に頼れる!法律のエキスパート】

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